声のする方にはなんと見覚えのある、しかもついさっきまで一緒に受けていた、山口すみれ
がいたのである。渉の気は動転した。彼女のバイトの話は聞いた事が無かったが、まさかキャ
バクラで働いていたとは。頭が真っ白になった渉は、今日はもう家に帰ることにした。このま
ま此処にいても嬢との会話を楽しむどころではない。それどころか、自分が此処に頻繁に足を
運んでいる事が学校の同級生にバレるのはまずいと思ったのである。会計を済ませた渉は、そ
そくさと店を後にするのであった。 翌朝、渉はいつもと電車の時刻をずらそうか迷ったが、
逆に彼女の顔を見てみたくなり、いつも通りの電車に乗ることにした。 こうなってはもう二
度とあのキャバクラに行くことはできない、仕方ない、別の店を探すか、などと考えているう
ちに、すみれが駅のホームに現れた。昨晩の自己紹介の時とは異なり、かなり冷たい眼差しで
一瞬渉を見た後、再びスマートフォンに目を移す。どうやら昨日自分が客としてキャバクラに
いた事には気づいていない、いつものすみれの様子だった。それにしてもなんて冷たい表情な
んだ、自分もあの店に行けば彼女に優しくしてもらえるのか、そんなことを考えていた渉は、
あの店に行って彼女を指名したくなってきたのであった。